おはこんにちは、浪速の恋愛ヘヴィメタラー Shinnoji です。

365がぁるの爆速リニューアルを進めているので一週間が速く感じる今日この頃です。
早速ですが本題で、自分が不登校児だった事もあり、学力は諦めていたのですが、文章力の無さに打ちひしがれている時期があり「せめて文章だけでも伝わりやすいものが書けるようになりたい」と思い、小説を読むようになりました。

基本的にホラーとSFが好きで、今は大阪で一人暮らしをしているわけですが、厳選して持ってきているので本棚にはまぁパッと見でも100冊以上は小説があるかと思います。実家にはまだまだあります。

最近読んだ中で面白かったのはちょっと最初に好きなジャンル言っといてなんですが半分ミステリーの皆川博子先生の短篇集「鳥少年」です。表題作ももちろん面白かったですが冒頭の「火焔樹の下で」がグッと来ました。

「365がぁる」のコラムについては、読者層が若年層が多いので難しい言葉をなるべく使わずに分かりやすく書いているつもりですが、それでも俯瞰して見るとやはり当初には「いやぁこんな事言いたいわけじゃないんだけど」と思う記事もあったりします。

で本題ですが僕はビジネス書や自己啓発本の類を普段、あまり読みません。ブラック企業時代に無理矢理1冊読まされましたが、恐ろしいほどつまらなかった記憶があります。

一応恋愛メディア運営者として、何も勉強せんではいかんだろと思い、某有名ブロガーのインフルエンサーの方をTwitterでフォローしていて、ちょうどその方が新作の著書を販売されたのですが、もちろんその方は自分が書いた本を買ってくれた人にお礼の気持ちを込めてリツイートするわけです。

僕は別にこの行為自体は良いと思うわけです、それこそただの宣伝ですし、宣伝されるべきものですし、どうせやらないのに口ばっかりの選挙カーより100倍マシだよと思っています。

でも、そしたらどぅんどぅんどぅんどぅんとTLにその選挙カーみたいな文言が流れてくるわけです。
「遂に買っちゃいました~☆」とか言いながら流れてくるその方達の言葉は誰でも思いつくような似通った文章ばかりが並び、終わりにはみんな同じ顔に見えてしまうのです。

これ、なんか怖いなぁと思ってしまうんですよね。
決して自分のほうがリテラシーが高いと自慢したいわけではなく肌で感じた感想として、世の中、こんな人ばっかりなのかな~とちょっと錯覚してしまうくらいに、みんな同じ事しか言ってないんです。その本には「そう言え」と書いてあるんですかと聞きたくなるくらいに読後の言葉の中に「芯」を感じないのです。

もちろん明らかにアンチな人を敢えてリツイートしていないだけで偏っているだけなのかもしれませんが(そこまで調べる体力が無くてすいませんw)、本当にアンチだからこそ正当に批判したくて買う人も居るかもしれませんが、大半のアンチはそもそも買わないでしょと思うんですよね。

それこそどこぞの教会の神父さんに「すいませんOzzy Osbourneの新作買って下さい」って言うようなもんじゃないですか。「この罰当たりが!」と怒鳴られる事間違いなしです。

そして、もうひとつ共通して見られる傾向が、「おいおいそんな内容薄いのか」と思うくらいみんな読むのが早い。 本というメディアに対する読み方のスタンスが自分とは根本から異なるのだなぁと感慨深いものがあります。

もちろんそれが悪いわけではありませんが、もしういう人と話す機会になったら、なんでその本を買ったんですか、という話を振っても、あんまり面白い話が出来ないのではないかな、と思います、少なくとも例えば自分が、「おぉ、そこまで言うのなら、僕も買ってみようかな」とはならないだろうな、と。

もちろん僕も大好きな芥川賞作家さんである吉村萬壱先生の著書を買った時にはツイートしていますが、これは何ら関係ない純文学なので系統が違いますし、それこそ僕は(超光栄です)吉村萬壱先生本人と相互フォローさせていただいているので、読んだら140文字という制限はありますがちゃんとした感想も書くわけです。
(先生、いつも新作の発売日と現在の執筆状況を教えていただいてありがとうございます)

逆にウォーレン・バフェットの著作等は読んだりします、世界最高の投資家がどういう風に世界を見て、日常を送っていて、その間に何を考えるのか、お金という物をどう見ているのか、非常に興味深く、自分の仕事へも良い影響を与えてくれそうだからです。

また、兵法書までは行きませんが、三国志とかも読みます。それこそ逆に僕は三国志をビジネス書扱いしていたりします。それこそ正史も演義もです。

例えば有名な赤壁の戦い、これは演義の方では袁紹を滅ぼし号して100万の大軍勢に膨れ上がった曹操軍が呉の孫権に毎夜篝火を炊いて威圧し、降伏勧告を送りつけ、文官達も降伏論に傾いているのですが、そこで孔明が登場し、次々と呉の文官の言をいなしていき、最終的に「あなたは曹操の臣か、それとも孫権様の臣ですか」と言うレベルにまで話を落とし込み、文官を退けて孫権の元まで辿り着きます。

ですが孔明は、孫権を一目見て、降伏に傾く国政に悩み藁にすがる思いで知恵者である孔明にどうにかならないかと相談してくる孫権に「曹操の布陣はああですこうです兵糧もたっぷりで100万でございます」と 言って孫権を怒らせてしまいます。ここで魯粛(開戦派の呉の臣)が「何てこと言うんですかウチの大将に」と言うのですが孔明が上手い事を言うのです。

「孫権さんは "曹操の事ばっかり聞いてきたけど" "自分が今、曹操と戦って勝てるか" とは聞かれなかった。それで逆ギレされても知りませんよ、大人げない」と。

実際、演義ではその後、上手い事、孫権も「すいませんちょっとカッとなっちゃいました、はい戦いましょう、曹操を倒せるのは僕か劉備さんだけですもんね」 と、口説き落とし、呉の水軍の総司令である周瑜も開戦を決意、老将黄蓋の呉三代に渡る厚き忠義からなる偽の降伏の為の苦肉の計。

それを見抜いて命を懸けて曹操の前に趣き舌戦で曹操を丸め込む闞沢。そして(フィクションでも)東南の風を呼ぶ孔明、そして火計を放ったが最期、ゆらゆらした船の上で体調不良者続出の曹操の水軍に「船同士を鎖でつないでおけば安定するので大丈夫っすよ」と連環の計を勧める龐統。

このとてつもない国と国の騙し合いが分かるでしょうか、仕事に非常に役立つTipsで溢れかえっています。結局これは孔明サイドから見れば「曹操の眼を孫権に向けている間に自分が仕える劉備の地盤を固める」だけなんです。

で、「ついでに戦で呉に勝たせて曹操の士気も折りますか」みたいなもんです。

この後、曹操は事実上、大惨敗し、関羽に命乞いをしてようやく命からがら落ち延びていくわけですが、赤壁の戦いだけでもこれだけの(もっとありますが)ボ リュームです。

1回や2回読んだだけで本質まで理解出来る人は少ないと思うわけです。僕は一番ベタな横山三国志ならぶっちゃけ10回以上読んでいます。通勤電車の中で読破した事もあります。それくらい読んでこその本のありがたさだと思うわけです。

そしてやっぱり新卒の子や若い子と話せば話すほど語彙が少ない子が多い、本当に、話してるだけで「あぁ本読まないんだろうな」「読んでたとして読み込んでないんだろうな」って直ぐ分かるほどに。

なので、何が言いたいかと言いますと、SEOをするなら語彙が多いほうが良いし、折衝や心理戦も基本的に武器は言葉だから、そういう目線で本を読むと、結構良いですよ、僕のおすすめは三国志ですねというお話でした。

これ、結構あると思うんですけど、皆さんの周りではいかがでしょうか?( ´_ゝ`)